多彩の指南書

【インタビュー連載】多種多様な人生を言語化していこうというブログ

【第2回】人生のテーマは「人との関わり」 林将寛さん

「人との関係性」それが彼の据えた人生のテーマだという。自分が今まで抱えてきた課題に
対峙し続けるという生き方。
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初めましてと挨拶を交わしたのは、
今日のインタビューワーである立命館大学産業社会学部四年の林将寛さんだ。

インターンの勤務帰りらしい。
インターン先について伺ったところ、発達障害の子供たちの居場所となれるようにという理念の下作られた塾だという。

___発達障害に興味を持たれてるんですか?

「いえ、興味があるのは発達障害というわけではないんです。ご縁があってここで働かさせて頂いてるんですけど。
僕が人生をかけてやっていきたいと思っているのは、自分の人生を素直に表現できる人を増やしたい、っていうことなんです。
自分の意志や人の選択、行動のもとになる心の動きに興味があって、そこに働きかけたいなと。」

「僕、ありがたいことに友人から相談を受けることがよくあるんですけど、その時に多くの人が、幼い頃に築いた価値観に強く影響を受けているなと感じたんです。」


やりたいのは自由な人生の選択と「居場所づくり」

林さんによれば、社会や家族から無言の圧力を受けて、自由に自分の人生を表現できていない人が多いという。
そして自由な人生の表現の基盤となるのは、安心できる人間関係すなわち「居場所」である。
居場所といっても様々である。社会の中での他人からの自分の承認、小さな仲間内への所属、個人間での相互承認。それらの前提条件があって初めて自分らしく生きることができる
そのように林さんに思わせた背景には、対峙し続けてきた過去があった。

人生のテーマは「人間関係」
恋人の存在
「僕の恋人が精神疾患を抱えていたんですね。
生きづらさを抱える彼女と一緒にいて、僕も生きることについて考えるようになったんです。
やっぱり生きづらさの根にあるのって孤独感だと思うんですよ。
いくらすごいスペック持っている人でも、自信を持つには、自分で自分の人生を肯定できるだけじゃなくて
周りからの承認や安心できる場所が必要だと思うんです。

彼女が僕と一緒にいる中で、生きてみたいと思ってくれるようになった。それで僕は彼女の力になりたいと思うようになったんです。」

価値観形成期
「僕、ちっちゃいころ父親の転勤で海外を転々としてたんです。日本に戻ってきたのは小学生も終わりかけくらいの頃かな。
日本人学校に通ってたんですけど、海外を転々とする子供たちが集まってるところで、人の入れ替わりが多いんですね。
勿論新しい環境に慣れるのにも時間がかかるし、やっと慣れて仲良くなってきても、その友達がすぐ転校しちゃうとか。僕が転校するとか。
適応能力は身についたけど、気持ちが移ろいやすい性格になった。正直なところ、悪い側面の方が大きかったです。

あともう一つ、人生で決定的だったのが中二のころのいじめですね。具体的に言えばシカト(無視)でした。はじめは仲間内での軽いからかいだったのがエスカレートしていってクラス全体に広がって。クラスの誰からも相手にされず、孤独を感じた時期がありました。
その原因として、帰国子女あるあるなんですけど、プライドが高くで偉そうな態度が、周りの不満を募らせていったのかもしれないなと思ってます。あるきっかけで、それが爆発してしてしまったのかな。
誰にも関心を持たれないというのは辛かったですね。」
__いじめに対して自己内省されているのは凄いですね
「めちゃくちゃ辛くって、こんなにつらい思いを生み出したのは自分のせいだと思わずにはいられないんです
けれど大学になって自分が一緒にいて安心できる仲間に出会えた。それが大きかったですね。彼女のこともそうだし、自分の振る舞いで感謝を生むこととかあって、それが自信に繋がりました。

「ありたい」姿
__これを踏まえて、「人が自分のやりたいことができるようになる」ために働きかけるっていうのはどういうことなんでしょう。

僕「やりたい」って言葉よりも「ありたい」って言葉を使いたいと思っているんです。
やりたいって実態がないといけないと思うんですよ。例えば、パティシエになりたいとかね。
でもそれ見つけるのってなかなか難しいじゃないですか。だから「やりたい」よりもっと抽象的な「ありたい」の方を大切にしていて
だから人が自分の「在り方」を考えていくことの手助けですかね。周りの人が人生の選択をするとき後押しする役割になりたいんです。
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ミハラ「確かに人間最後に残るのは「人間の在り方」なのかもしれないですね」
林さん「スペックは代替可能だしね」

こんな言葉を交わしながら、インタビューを終えた。幼い頃から聞かれ続けたであろう
「あなたの夢はなんですか」。
それが意味するのは「将来就きたい職業」だろう。
私たちはその考えにあまりにも慣れすぎてしまってはいないか。
やりたいことは極めて刹那的である。
林さんのようにありたい姿を求めていく方がもっと崇高な気がするのだ。

おしまい。

【第1回】 芹田樹也さん

行動が言葉よりものを言う。
成功・失敗に関わらず、行動から今の自分を掴み取っていくという生き方。
起業が転機になったという芹田さんにお話を伺った。






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「起業したのは、金稼ぎてぇ!ってことでしたね」


そうエネルギッシュに語るのは大阪大学経済学部三年の芹田樹也さん。
二年の夏から仲間を集め「MOREINVEST」との名で舵を切った。

彼が試みた事業は主に二つ。
まず一つ目が株式投資を促すサイト運営。
元々お金の流れに関心のあった彼は、アメリカの現状について知って以来、日本社会のお金に対する考え方に疑問を呈するようになった。
現金主義、貯蓄傾向、投資への消極性。キャッシュレス・カード社会で、かつ小学生の頃からお金の教育がしっかりなされているアメリカと比べて、日本はかなり遅れているのではないか。経済をよくするにはお金の流れを良くすることは必須だ。その思いから株式投資を促すサイト運営を始めた。志しは強かったが、それを会社への収入へ繋げるのに頓挫したという。


もう一つの事業がビジネス・プログラミング関係のイベント・講演会を一括検索できるアプリケーション開発。
事業のために東京まで行ってプログラミングやビジネス系のイベントに参加する中で、関西でのイベント数が関東に比べて圧
倒的に少なく、規模も小さいと気づく。その理由はイベントに参加したいという若者の層は一定数居るのに、イベントを広める仕組みも、探す仕組みもないということだった。彼らはアプリケーション開発によって、仕組み作りをしようと試みた。アイデアとしては高評価で、そのアプリに登録すると確約してくれるイベント主催者も現れたが、これは上手くいかなかった。

「エンジニアのモチベーションを上げられなかった」
失敗したのは自分の未熟さだと芹田さんは話す。
「これには真剣に取り組んだんですけど、本当に。けど上手くいきませんでしたね。協力してくれたエンジニアは企業のインターンで高額な給料を貰うような優秀な人たち。だけど俺は想いだけで始めたから、そのモチベーションをコントロールするが本当に難しかったんですよ。作業期間が長引く長引く中、頑張れと言い続けられなかった。ちょうど俺が他の企業のインターンでアメリカに行った時期とも重なって、想い自体も変化してしまったというのもありますね」


とりわけ事業を進める上で痛感したことを語ってくれた。

「人間は究極のめんどくさがり」


「イベント関係の事業をしてたから、人が集まるイベント、人が集まらないイベントを色々観てきたんですよ。例え大きいコミュニティの中心にいたとしても、そこで1人喋ったって相手は動かない。人って究極の面倒くさがりなんです。相手を動かそうとするなら、個人的な繋がりで当たって行くしかない。大きいイベントの主催者は個人的繋がりで動いてる。」起業後は個人的な繋がりを更に大切にするようになったという。

それを経て今

芹田さんは今はTRUNKという会社でインターンをしている。学生に大学生活だけでは学べない実践的教育や知識を無料で提供する会社で、元々は東京の会社だが、ガン剤関西への地方展開を進めている。芹田さんはその関西の事業展開を一任されているという形だ。
しているのは起業と似たような内容だが、やはり上の存在、チェックしてくれる存在というのは貴重だ。
厳しくチェックしてくれる人の存在や、教えてくれる人、外部の目というのは怠惰な人間の本性をたたき直してくれるという。

起業の経験が今に活きることも多い。上からの指示がどのような意図で出されたものなのかわかるようになったというのもそのひとつだ。
「もし起業せずにそのままこのインターンをやってたら、指示された通りのことしかできなかったと思う。どういう経緯でこの指示を出したのかな、とか良い意味で言葉の裏を考えて動けるようになった。」

芹田さんのインターン先の詳細はこちら
TRUNK - インターンとトレーニングでビジネススキルをつけよう。



経験は自分の自信に繋がる。昔の自分が今の自分を支えている。失敗や挫折経験に対してどう向き合うか、というのはなかなか難しい問題だが、経験を着実に今に活かしている彼は、かなり理想的な姿を体現しているのではないかと思った。

ごあいさつ

 

はじめまして、ミハラリナと申します。

大学生二年生、社会学系の勉強をしております。

 

少し、夢を語らせて頂きます。

私の夢は文章を書いて生きること。

高校生の時、古本屋で出会ったインドの短編エッセイがあります。

かなり古い内容でしたが、文章自体は緻密で素晴らしいものでした。

ガンジス川の周りでの火葬や、すし詰め状態の電車の内部、

その情景や匂いさえもがありありと読者にも伝わってくような描写に当時の私は圧倒されました。

文章を書くというのは、入り口は易しく見えて

伝えたいことを正確に表現するのはなかなか困難です。

その時から私は文章を書いて生きていきたいと思い立ち、今もずっとそれを目指しています。

私が運営する別のブログもそういう所以です。

 

そして、もうひとつ。

大学生になって様々な人に出会いました。

強く感じるのは、同じ世界を見ていても、私の見方とは全く違うんだということ。

画一的だと言われる日本にも多様な人がいて、

殆ど言語化されることのない様々な経験をしていて。

皆様々な考えを持っていて。

言語化せず、それを無かったことにするのは

社会としても余りにも勿体無いことだと思います。

私はそれを言語化していきたいと思っています。

社会が自分の知見を超えて多様であることを理解できれば、

社会や人はもっと寛容になるのではないか。

できれば社会の趨勢が、誰もが生きやすいと感じれる社会に向かって欲しい、

そういう経緯で「人」のことを、インタビュー記事を書こうと決意しました。

 

稚拙な文章ではありますが、どうぞよろしくお願い致します。

 

 

取材協力・お問い合わせはこちら:leo.lionni1096@outlook.jp